いちどに1つ

暑いですね~
ずいぶん間があいてしまいました。

最近、ちょっと気がついたことがあって、それは何かというと、日常で「ついでに何か(あれもこれも)やろうとする」そして自滅する、ということ。けっこうよくやってるなあ、と。

例えば、喉が渇いて冷たいお茶を飲もう、と思って、台所に行くついでに食卓にほったらかしにしてあった湯飲みと急須を持って行こうとして、プラスチック分別ごみ箱に入れるべきゴミもみつけたりなんかして、これもついでに、とやってるうちに急須を落として割って、ありゃりゃと掃除機を持ってきて片付けて、手に持ってたプラスチックごみはそのへんに置いて…
で、いつまでたってもお茶にありつけないわ、急須は壊すわ、プラごみは片付け忘れるわ。

他の部屋に用事があって行ったのに、ついでに他のことをやってたら、さらに他のことに気をとられて、部屋から戻ってはじめて、あれ、私何しに行ったっけ?と気づいたり。

はたまた、ついでにやる用事をいろいろ思い浮かべただけで疲れちゃって動くのいやになったり(この気候ですもん)。

冷蔵庫にお茶取りに行って飲むの、そんなに大仕事ですかって(笑)

お茶飲んですっきりしてからやったほうが、問題なく片付きそうです。



ところでピアノ弾くときこれやってる人案外多いんですよ。
複雑なところなのに、両手で、テンポで、通して、しかも上手に!やろうとして自滅。

おすすめは、1番簡単だったり心地よい所をまずやってみる、です。
左手でも、メロディーラインでも。

とりあえずお茶を飲む、みたいにね。

って自分の日常を鑑みればあんまりえらそうなこと言えんよなー、と思っております。

暑い夏、ご自愛ください。




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「よく聞くこと」が難しい理由って

自分が下手でやんなっちゃうなーって時。
このブログ、書き出しこういうの多いですね(笑)。
楽しくピアノを弾いている人もいるんだろうな、とは思うんですけど。

性格もある(かな?)し、その事柄との関係性もあるんでしょうね。
例えば私は、ピアノは下手だと「やんなっちゃうなー」と思うタイプ。

でも他のこと、例えば編みものは下手でも全然かまわない。
以前は、編み物も編み目を必死できれいにそろえて、編み間違いに気づいたら即、間違えたところまでほどく、ということをやっていました。
いや、いきおい余ってそれ以上ほどくことも。
そんなこと何回もやって毛糸もボロボロになるし、イライラするし、編み物すること自体が面倒くさくなっていました。
でも友人が、
「ちょっと見せて。間違ったからと言ってすぐにほどかずに、よく見る!
うーん、よし、ここまでほどく。こっちはこのままで大丈夫。
大勢に影響ないし、編み上がったらわかんなくなるくらいのことよ。」
などと教えてくれて、そして、
「手編みというのは編み目がふぞろいだからあったかい」
というのも聞いて、変わりました。
自分が楽しむためにやっているんだから好きに自由にやればいいのよね!
と思えるようになって、楽しめるようになったし、無理せず、自分がリラックスできるペースで作ることも出来るようになった。
そうすると、それなりに素敵なもの(愛着のある、自分にとってはカワイイもの)が出来上がっていく。
いくつか作るうちに、だんだん慣れて上手になるし、だれかに
「すてきね、手編み?」
なんて言ってもらえて嬉しかったり。

ピアノともそういうつき合いをしている人はいるだろうな、と思うし、そういうのっていいな、と思います。
でもそういう人は「ピアノ大好き!」っていうようなブログを読んでるのではないかしら。ピアノきらい!じゃなくてね(笑)。

そこで、「ピアノ弾いている時間がリラックスできて幸せ!」
って風になかなか(または時々)感じられず、
「ぎゃー、下手で落ち込む!なんとかしたい(涙)」
って場合のことを少し考えてみようと思うんですが。。。

「ぎゃーやだ!なんか下手!」
と思う時って、何が具体的にどう下手なのか、わかってないことが多いような気がします。弾き終わって、
「どうですか?」
って聞かれて
「全然だめ!○×▽@*αθ◆~」と全否定になっちゃうことが多い。
そこで
「具体的にどこが気に入りませんか?逆にうまくいった所はありませんか?」
と聞かれても、答えられない。
なんか、とにかくダメな感じ。

ピアノ弾くって
「これやっといたから完璧!大丈夫!」
ってこと(手順とかマニュアルとか)がそもそもあるわけじゃない。
まあもちろん色々やったほうがいいことはあります。(正しい音、リズム、フレージング、音量のバランス、etc.)
でも全部正しくやったから良い演奏になるかというと、そんなことはない
(残念!まあ全部正確にやりたいならそもそも人口知能に任せたほうがいいんじゃないでしょうか)。
やれることはそれなりにやったつもりだけど、
「ぎゃー下手!」
なわけでね。

「ぎゃー」の次に対応する道すじとして、2つあるかな、と私は思うんですが、それは、
①「こんな感じでやりたいの!」って気合とノリでなんとかがんばる!
って方法。もう1つは、
②今何をやっているか聞く、というところからはじめる。

で、①と②どっちもいいと思うんです。どっちも必要だと思います。
①は「こんな感じ!」ってイメージがあるってところがすばらしいし、それでいけるならいい。
楽しくてやりがいもあるし。
ただそれだけだと、ある程度から先に行けないってことになると思うんです。

それで②の、「今何をやってるか聞く」ことをしたいんですが、「よく聞く」ってなかなか難しくないですか?
「よく聞く」って、普通に「聞く」のと何か違うことするんですか?って思いませんか?
普通に「聞く」ときはそのままで、「よく聞く」時は耳たぶの角度を変える、とか眉間にナナメ45度のシワをよせる、とかね。そういう違うやり方があれば良いんですけどね。
残念ながらそういうのはない。

例えばアレクサンダーテクニークでは頭と首の関係を重視していて、頭と首の境目のあたりにちょっとした負荷がかかってると(気づかなくてもほんのちょっと緊張してると)、神経だか何だか色々の具合がおかしくなって色んなところに影響がでる。つまり聞く能力も制限される、っていうような(大変不正確ですみません)ことを言ったりするんですが、私ははじめ、
「エー、そんなちょっとしたことくらいで聞こえなくならんよ!」
と思ってました。
今ではそんなちょっとしたことで全然ちがう、と思っています。
そういう、体から入っていって、「聞く」(とか見るとかその他いろいろ)の質がよくなる、ということもいい方法だな、と思います。
耳たぶの角度を変えるわけじゃないけど、体からアプローチできる方法ですね。興味ある人はおすすめです。
でもそれはそれで今はちょっと置いておいて。

「よく聞けない」のは何でかな?と考えたとき、原因の1つは、「忙しいから」、ではないかと思ってます。
ピアノ弾くの、忙しいもんね。
「弾く」のに忙しくて「よく聞けない」。
冗談みたいだけどほんとだし、本末転倒だなーと思うけど、でもそうだからといって恥じることではない。
忙しいと聞けないんです。
熱中してなにかやっている時に呼ばれても聞こえなかったりするでしょ。あれと同じ。

弾きながら「よく聞ける」ようにするには、
忙しくなく弾けるようにするか、
弾けるようになることで余裕を持つか、
弾けなくても余裕を持つようにするか。
弾けるようになっても「忙しい忙しい!」って弾き方になっちゃう、という場合は脱力することを考えたらいいと思う。

で、前置きが長くなったんだけど(ここまでが前置き!でもこの先はもうちょっとで終わりです)、今日書きたかったのは、「聞けない」のの隠れた原因でこんなのあるんじゃないかな、と思うことです。それはなにかというと、

「下手なのを受け入れられなくて聞けない(=聞かない)。」

どうでしょう。潜在的にこういうのあるんじゃないかな、と思うんですが。

ちょっと弾いて、
「あ~ダメ!こんなんじゃない!もう1回!」
ってはじめから何回も弾きなおし、とか。
歌いながらだと弾けるけど、黙ったら弾けない、とか(歌いながら弾くこと自体は良い事もたくさんあると思いますが)。
録音を聞いてみたら、あまりに自分で聞いていたのと違ってショックをうける、とか。

こんなふうになるのは、美意識が高かったり、向上心があるってことだと思う。
どんな音が鳴ってても動じないのがいいわけじゃない。
そもそも練習って何をやったっていい。
失敗したっていいわけだしね。
だからこんな練習したらだめって言いたいわけじゃないんですけど、でもこういうのって、もしかしてちょっと「聞くのを拒否してる」みたいじゃないでしょうか。

ロシアのシステマという武術の創始者リャブコさんは、体が緊張するのはたいてい恐怖から来てる、ってことを言ってらしたと思うんですが、「下手なの聞くのが怖い」って体かたくしちゃってる、ってあるかもしれない。
それで聞こえにくくなってしまう。
ちょっとおおげさかもしれませんが。

さっきも書いたけれど、練習って何をやったっていい、失敗したっていい、っていうことからいうと、つまり下手だっていい、ってことでしょう?
下手に弾いてもいいんですよ。
失敗する権利、下手に弾く権利(って変だけど)はあるわけです。
ってことは下手に弾いたやつを自分でよく聞いてあげてもいいってことでしょう?
なんだかそう考えると、一生懸命弾いているのに聞いてもらえないってかわいそうな感じしてきませんか?

そういえば今思い出したんですが、以前「間違ってください!」で書いた、「間違おうとして弾くと、反対にうまくいってしまう」というの、不思議だな~と思っていました。
今思うと、「間違いを弾いていい」と許可が出てハードルが下がることで、余裕が出て、それで落ち着いて聞ける→落ち着いて弾ける→結果的にうまく弾けちゃう、ってことかな、と。

下手でもいいよ、大丈夫だよ、と聞いてあげる。
そういうココロモチってけっこう大切ではないでしょうか。





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ゆっくり練習の意味って

ある整体師の方のブログで、肝臓のために一日油絶ちをするとよい、という話を読みました。(こちら→
油をはじめ、肉、魚、乳製品、卵、バターや乳製品の入ったお菓子などを一日取らない、ということをするそうです。
その時、注意しているんだけれど、ひょっとうっかりなにか油の入ったものをべてしまう、ということがあるのだそうです。

そこで、大切なのは(実際にそれらのものを食べないということだけでなく)、一日ずっと意識を保っておくことなのではないか、というようなことが書かれていて、それが昨日の「ゆっくり練習」と私の中でリンクしました。

ゆっくり練習しろ!と言われると、
「できないくせに速く弾くなんて100年早い!」
と言われてるような気がしたりするし(私だけ?)、
「速く弾けるようになったら、こんな屈辱的なことをやらなくていいのに!」
という心理が働くようなところもある。

そして実際やっている間は(一部の難所を除くと)ヒマなので、間が持たないんですよね。
その間が持たない間に
「ここは弾けるんだから」
と速くやりたくなっちゃう。

でもそこで間を持たせて、同じ時間の流れ、同じ意識の密度で、間が持たないような簡単な所も、時々あらわれる注意を要する難所も過ごしていく、というのがゆっくり練習の大切なところではないかな、
それがその整体師の方の言う「一定の注意深さをずっと保つ」に通じるところがあるな、と思いました。

よく考えると「速く弾けないから」ゆっくり練習するというものでもないのですよね。

そしてゆっくり練習すると、「動きの質が良くなって、技の威力も増す」
いいんじゃないでしょうか・・・





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苦労して弾くという充実感にだまされない

あるとき、小さい生徒さんが、ある部分をとても弾きにくいやり方で四苦八苦して弾いていました。(詳しくは忘れたけど、弾きにくい指使いで弾いていたとか無理なポジションで無理やり弾いていたとか、そんな感じだったと思います)

それで弾きやすい(合理的な)やり方を教えて、
「苦労して『弾きにくいなー』と思いながら弾くのと、簡単に楽に弾けるのと、どっちがいい?」
と質問しました。

質問っていうのは詭弁ですね(笑)。
「ちょっとしたことで楽に弾けるんだよ、むつかしくないんだよ」
ということを印象付けたかったわけですから。

なので
「思ったよりかんたんに弾けるんだ!こっちのほうがもちろんいい!」
という反応(のみ)を期待してました。

そしたらその子はちょっと考えて、
「苦労して弾くのがいい」
と言ったのです。

え~~~!?
苦労して弾きたいの?

いや、なるほど確かにそういう面もありますね。

難問に挑戦して苦労して弾けるようになった、という満足感。
難曲を汗をかきながら弾ききって
「やった!」
という充実感。
努力してきりひらいた、という達成感。

うっかり忘れてました。そういう感覚わかります。

大晦日に家じゅうの窓ガラスをふきまくって、気が付いたら日が暮れて、お腹はすいて肩は痛いんだけど、窓はピッカピカで満足!
とか
引っ越しのお手伝いをして、段ボールやごみ袋せっせと運んで、明日は絶対筋肉痛だけど、ビールが美味しい!とか。



でも年中窓ガラスピカピカにしときたい、という人や、引っ越し業界に就職して毎日プロとしてお仕事するなら、これでは体がもちません。
ピアノの場合も、もっとレベルアップしたかったり、長い曲を弾きたかったり、何曲も弾きたかったりするなら、合理的な方法で楽に弾けるほうがいいと思うんですよ。

でもちょっと頑張ればなんとかなる、と思ってやっつけてしまいたくなる誘惑、(無理をしてるんだけど)ひたむきにやってる爽快感、そういうものの魅力ってたしかにありますよね。

ということで今日は「続きをがんばって書いてしまいたい!」という誘惑にあえて打ち勝って、続きは明日書こうと思います(笑)。

(つづきはこちら→「弾けた/弾けないの二択評価してませんか?)

いつもお読みいただきありがとうございます。




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tag : 難曲 難所 ピアノ 合理的

ショパンの譜読みがむつかしいのはなぜ?

それは異名同音に関係しています。

っていきなり書いてしまいましたが、他にも色々むつかしさはありますね。
音が多い。繊細に動く装飾的な音型も多いし、リズムや和音も複雑です。アルペジオなどの伴奏部も幅が広い(音が跳ぶ)から、楽譜も見たいけど手元も見たい・・・ああむつかしい・・・

でも原因のひとつが調性にあると思います。
ハ長調やト長調だともう少し読みやすいと思うんですよ。
でもショパンって調号多めのが多い。

例えば雨だれの前奏曲。
変ニ長調ですが、まんなかの部分は嬰ハ短調。

実はこれは同主調です。

変ニと嬰ハって同じ音ですよね、異名同音で。
レのフラットとドのシャープ。
つまり同じキーの長調と短調なわけです。

でも調子記号はぜんぜん違う。
変二長調がフラット5つ、嬰ハ短調はシャープが4つです。
つまり実質同じキーなのに違う調号、違う音階で読むことになる。

しかもはじめのこの変二長調の部分、途中で転調しますね。
その調が、変イ短調と変ロ短調。

この変イ短調、ラのフラットからはじまる短調なのですが、これはハノンの音階ところにものってない調なんです。(ハノン39番見てみてね)
同名異音のソのシャープからはじまる嬰ト短調ならあります。

変ロ短調の音階はこんなかんじ(旋律短音階で)

上行形:♭ラ、♭シ、♭ド、♭レ、♭ミ、ファ、ソ、♭ラ
下降形:♭ラ、♭ソ、♭ファ、♭ミ、♭レ、♭ド、♭シ、♭ラ


異名同音の嬰ト短調で書くと(同じく旋律短音階)、

#ソ、#ラ、シ、#ド、#レ、#ミ、#ファ、#ソ、
#ソ、#ファ、ミ、#レ、#ド、シ、#ラ、#ソ。

どっちもどっち?
確かに、こう書くとついてる♭やシャープの数はほぼ同じ。
でも調子記号で書くと、変ロ短調はフラット7つ!(笑)
嬰ト短調はシャープが5つ。

嬰と短調のほうがだいぶまし(苦笑)なので、この音から始まる音階はハノンにも嬰ト短調として出ているし、曲として楽譜に書き表される時も、変ロ短調でなく、嬰ト短調として書かれることがほとんどなのです。



それなのに、この雨だれの曲のこの部分では、フラット系でそろえて、変ト短調で書かれているのです。
なぜかというと転調の前も後もフラット系の調で、この調(変イ短調=嬰ト短調)にいるのは転調している短い間だけなので、あえて嬰ト短調に書き換えなかった、ということなんですね。

だからフラット多いし、ドにまでフラットついてるし(ドのフラットってシを弾くってことよね?)、音階でも弾いたことない調だし(いや、嬰ト短調としては弾いたことあっても変ロ短調と思って弾いたことがない、ですよね?)、むつかしく感じやすいわけなんです。




こういう時助けになることは、落ち着いてよくよく耳をすませながら弾いてみることかな、と思います。
ゆっくり探りながら、どこが転調しているのか探して、もし何調に転調しているのかわかったら、その調の音階を1オクターブでよいのでゆっくり弾いてみて、音階固有音をたしかめてみると良いです。

その調の主和音や、簡単なカデンツを弾いてみるのも良いです。
ああ、今私はこの調の世界にいるのね、と体が(感覚が)慣れて弾きやすくなります。

譜読みちゅうそんな余裕ないわ!とか、どこで転調してるとか何調に転調してるとかわからない、って場合は、曲の中の和音の(ハーモニーの)感じにすこーし敏感になって、そういう気配のところがあればデリケートによく味わってみる、っていうので良いとおもいます。

調が変化する、というのは音楽的に(感情的に)何かが変化する、ということでもあるので、その変化に気付くことは、譜読みに役立つというだけでなく、その曲をよりよく感じることとか、それを表現することにつながっていきます。

他の言い方をすると曲と仲良くなる、ってことかな、と思います。

雨だれの他に幻想即興曲とか遺作のノクターンとか、嬰ハ短調にいい曲が多いような気がします。
NASAは発見してないかもしれないけど嬰ハ短調の波長を吸い込むブラックホールがどこかにあるのかも・・・(笑)










tag : 異名同音 ショパン 雨だれ 転調

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